THE ENTERTAINMENT DIARIES

俳優からブロガーに転身し文字でエンタメを発信中

努力に裏切るも裏切らないもない 努力は足りているか足りてないかだけ

にほんブログ村 映画ブログへ
にほんブログ村

努力に裏切るも裏切らないもない 努力は足りているか足りていないかだけ

こんにちは、M&Oです。

今回は『努力』について書いていきたいと思います。

 

ちょっと堅苦しく感じてしまうかもしれませんが、ほとんどの人が「努力」について考えたことってあると思います。また人生の中で誰でも何かしら「努力」をしてきていることと思います。実感がない人でも周りから見れば「努力」ということがきっとあったと思うのです。学生の時のテスト勉強も立派な「努力」ですから(笑)

そして「努力」という言葉によくつきまとう「裏切る」とか「裏切らない」という言葉ですが、僕はこの言葉は冷静に俯瞰で見れば本来は「努力」から連想される言葉ではないと思います。

「努力は裏切らない」という言葉は特によく聞く言葉で、自分に自信を持たせてくれる言葉でもありますし、他人が頑張っている時に掛けたくなり言葉でもあります。はっきり言ってわざわざ言う事じゃないだろうと思うのです。そりゃあ努力は裏切りません。頑張って努力したなら何かしら得ているはずですし、自分の血肉にきっとなっていることがあるはずです。そもそも努力自体に思考力もなければ主体性もないわけなので、自分自身で勝手に努力というものを操作したり想像したりして「裏切らない」と仮定しているだけでしょう。そして「これだけ努力してきたのだから大丈夫、努力は裏切らないから」と思って自分を奮い立たせたりするのだと思います。

もちろん自分に自信を持たせる意味でこういった考え方をするのは決して悪いことだとは思いません。こういった作業をすることで自分の力を発揮できるならそれは有意義なことだと思います。しかし、こういう考え方があるから逆の「努力に裏切られた」という考え方も出てきてしまうのだと思います。

前述したように「努力」はもちろん裏切っていません。自分で勝手に作り上げたものに裏切られたと感じているだけなのです。つまり自分が努力した分より大きい結果を自分で勝手に期待してしまっていたから「裏切られた」と感じてるだけなのです。自分が行ってきた「努力」に見合った結果ではなく、もっと努力しなくては手に入れられなった結果を勝手に期待していただけなのです。それなのに「あんなに頑張ったのに。努力に裏切られた」と勝手に努力のせいにしているのです。もっと言えば努力したならば気が付いていない部分で自分自身成長している部分がきっとあるので、努力はまったくもって裏切っていないのです。くどいですがそもそも努力自体は裏切らないのですが。

努力は裏切ることはないのです。強いて言うならば努力は「足りているか」「足りていないか」だけなのです。裏切られたと感じた時はただ単に自分が望む結果に対して「努力が足りていなった」だけなのです。

f:id:myprivatecomedy:20191227001229p:image

向上心の塊のような人間は「努力が足りていない」と考える

努力に裏切られたと感じる人は多分そこでストップしてしまう人が多いのではないかと思います。「あんなにやったのに・・・」と自暴自棄になってしまう人も多いでしょう。正直僕もそういう考えに陥ってしまったことはあります。そしてもっと悪いことは『きっと自分には才能がないんだろう』と才能のせいにしてしまったりもします。

でも本当はきっと「努力が足りていない」だけなのです。努力は決して裏切っていないのです。努力した分の結果はきっと与えてくれているのです。自分の求めていた結果に対して努力が足りていなかっただけの話なのです。自分が招いた結果を努力に裏切られたという考え方をすることで、自分を擁護しているだけなのです。

向上心が溢れている人は決して「努力に裏切られた」という思考にはなりません。ただ単に「努力が足りていなかった」と考えるだけです。そしてもっと努力しようと思ったり、やり方を疑ってみて試行錯誤を繰り返して再びさらに努力をするだけなのです。

裏切るも裏切らないも努力にはないのです。求める結果に対してあるのは足りているか足りていなったかだけなのです。

最強なのは「努力していると自分では気づかない」こと

ホリエモンこと堀江貴文氏がよく言っていることですが、「夢中になること」がなにより最強だと思います。好きなことに夢中になっている時に「これだけ努力している」という考え方は頭に浮かんできません。わかりやすい例えを言うとゲームを好きな人がゲームに夢中になっている時に「これだけ努力しているからきっとクリアできる」とは思わないでしょう。きっとそういうことなんだと思います。

努力=苦しいものという固定観念が多くの人に染みついていると思います。苦しくなければ努力じゃないと考える人もかなり多くいるのではないでしょうか。僕自身も少なからずまだそういった考え方は少し残っています。

でも努力しているかどうかなんて外から見た人が勝手に思うだけだと思うのです。

僕にとって今何より夢中になっていることはこうやってブログを書くことなのですが、自分としては好きだから書いているだけですし、好きなので生活の中心になっていますし習慣にもなっています。結果的に毎日更新させて頂いているのですが、この事に関して毎日書いていてすごいとコメントで言って頂けることもあります。ありがたいお言葉ですが自分としては好きだからやっているだけですし、もしも書くなと言われれば苦しいことなのです。もしも書くことが苦しくなればもちろん毎日書いたりはしないと思います。賛否両論あるとは思いますがこうやって表現できることが嬉しいですし、読んでくださっている人たちがいることももちろん嬉しいです。なので自分としては全く努力している感覚はないのです。ただ傍から見れば人によっては「努力している」と思うわけです。

夢中になれれば努力に裏切られたとか裏切らないなどの考え方ももちろん浮かんできません。まだまだ駄文を書きなぐっているレベルですが、ブログを書き始めた頃の記事を読み返すと我ながら少しは書くことが上手くなってきたなぁとも感じます。もちろんまだまだなのですが。好きなことだし努力している感覚はないけれども努力が足りていないとも全然思います。

これからもブログを書くことはもちろん続けていきたいと思っています。ただ他にまた同時進行で何か始めた時に、同じように考えられるものでありたいなと思いますし、そうでなければ取り組む意味がないなと思っています。なので自分が好きになったり興味を持てるものがどこにあるのかわからないので、しっかりアンテナを張って生きていたいなと思っています。

努力は裏切らないし裏切られるものでもありません。そう感じるのは努力が不足しているだけ。そしてもっと最高の形は夢中になれているか。

夢中になれるものが溢れて時間が足りないと思えたら、きっと幸せなんだろうなと思います。

                              M&O

興味を持ったらまずは行動から!