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クリぼっちって響きは可愛いけども残酷である クリぼっちはクリスマスに1人の意味

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クリぼっちって響きは可愛いけど残酷でもある クリぼっちはクリスマスに1人の意味

こんばんは、M&Oです。

クリスマスが近づいているので今回はクリスマスについて書いていきたいと思います。

 

クリスマス、もはやイブの方が盛り上がることは通説となっていますが、今年もクリスマスイブやクリスマス当日に向けて商戦と言っていいのでしょ、電車の駅やコンビニやスーパー、百貨店などもクリスマス一色になっています。おシャンティ(死語?)なレストランなどもきっとすでに予約でいっぱいなのではないでしょうか。

きっとプレゼントする予定のある方々はすでにプレゼントも買って用意していることでしょう。そういえば名曲の『いつかのメリークリスマス』って意外と当日にプレゼント買ってるんですよね。そういう人もいるのかもしれませんね。自分だったら前もって買っておかないと不安になってしまいます。

そしてクリスマスと言えばご家族で盛り上がる方々、恋人と盛り上がる方々と多々いらっしゃることと思います。そしてもちろん、一人でクリスマスを過ごすという方々も多くいらっしゃると思います。中には友人たちと集まって飲みに行ったりクリスマスパーティーをしたりといった人たちもたくさんいることと思います。

僕はと言いますと絶賛一人で過ごす予定となっています。予定と書くとなんだか強がっているみたいですが、予定というかまぁ確実に一人で過ごすであろうことになっています。飲み会とかに誘われても行かないでしょうし。まさに『クリぼっち』ということになるわけですが、さほどクリスマスだからと気にしていない性分ではあるものの、『クリぼっち』が身に沁みたりする時ってやっぱりあるのです。

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『クリぼっち』が身に染みるクリスマスで盛り上がる街の風景

思うのですが、もしも街並みがまったくクリスマスっぽくならなくて、至る所でフライドチキンやケーキを売っていなくて、いつもと変わらぬ風景であれば『クリぼっち』でもなんら気になることもなければ、どこか寂しい気分を味わう事もないと思うのです。僕はそこは自信があります!なにも利用価値のない自信ですが。

しかしですね、特にクリスマスとか意識もしていなくて気にしていなくて、ましてや『クリぼっち』なんて言葉すら忘れていたとしても、盛り上がっている街並みの中を一人でとぼとぼ歩いているとさすがに気分が落ち込んだりもするのです。落ち込むというか一抹の寂しさを感じているのだと思います。

僕はこういった時に決まって思い出すのが、東野圭吾原作のドラマ『白夜行』を思い出してしまうのです。とんでもない人生を歩んでいる主人公を演じている山田孝之さんがあまりの孤独感から『なんで俺こんな独りなんだよぉ!!』と泣きながら叫ぶシーンがあるのですが、そのシーンを思い出してしまうのです。ただこの『白夜行』の主人公は凄まじい人生の中で凄まじい孤独を感じている人なので、『クリぼっち』なんかと比べることは大変失礼なのですが。

スーパーに行ってもフライドチキンが大々的に売られ、クリスマスケーキも少し前から予約の看板が出ていて近くなればなるほどその勢いは増していきます。ターミナル駅とかだと至る所でクリスマスな感じを目にするわけです。意識するなという方が無理でしょう。今の日本で『あ!今日クリスマスなのか!』とうっかりすることなんてはっきり言って不可能です。テレビをつけていなくても外出すれば嫌でも目に入る意識させられてしまいます。

そしてそんなに気にもしていなかったのに、クリスマスを意識するとやはり寂しくなる気持ちはあるのです。『う~ん、めっちゃ一人だなぁ』としみじみと思ってしまったりするのです。別に現在恋したりしているわけでもないのに、そんなことを思ってしまったりするのです。言うまでもなく精神的に良いか悪いかで言ったら良くはありません(笑)感じなくていいネガティブな感情を感じているわけですから。もちろん誰のせいでもなく現状を招いているのは自分なのでそれが嫌ならそうならないように生きなさいよというだけなのですが。

しかし人間というのはわがままなもので、これまでの人生での経験で言えば、一緒に過ごす人がいたらいたで、たいしてクリスマスっぽいことをしてきていないんですよね。

『たられば』と『ないものねだり』で増す『クリぼっち』に感じる寂しさ

一緒に過ごす人がいたらいたでちょっと面倒くさく感じたりする人もいらっしゃると思います。お相手がクリスマスでテンションが上がるような人だとなるべくその人のために特別なことしてあげなきゃって気持ちもあるから、頑張ってしまったりもしますよね。私事で言えば人混みが大嫌いなので自然とこれまでお付き合いした人って同じように人混みが嫌いな人が多かった気がするのですが、特に混んでいる日に出掛けたくないという感じの人が多かったので、ささやかに家でクリスマスっぽいものを食べていた感じです。一緒に過ごす人がいたとしてもそういった感じだったのに、いざ『クリぼっち』になってみると、寂しさを感じてしまうのだから人間というやつは本当に身勝手な生き物です。

どうしても人と比べてしまうのでしょう。人と比較しない生き方ができる人が究極に幸せな人だと僕は思っているのですが、まだまだ自我が残っているようです。別に僧的なものを目指しているわけではありませんが。

そして『もしも一緒に過ごす人がいたらどんな風にすごしたかしら』なんてことを考えたりするのです。いたらいたで大したことをしてこなこなったくせに。哀しき性です。

『クリぼっち』という言葉を今回の記事を書くにあたって初めて使ったのですが、響きも文字的にも『クリぼっち』ってすごく可愛いですね。癒し効果さえ感じる音の響きと文字のバランスです。しかしその裏側はあまりに残酷で、これは表裏で顔を変えるかなり稀有な言葉なのではないかと一人で恐ろしく感じています。でもパッと見と響きはやっぱり可愛いです。『クリぼっち』(笑)こういうタイトルのJポップありそうだけど、僕が知らないだけであるのかしら。