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尾崎豊の誕生日に尾崎豊がいかに伝説となっているかを思い知る

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尾崎豊の誕生日に尾崎豊がいかに伝説となっているかを思い知る

こんにちは、M&Oです。

今回は11月29日にこの世に生を受けた伝説のロックンローラー尾崎豊について書いていきたいと思います。

先日ジェネレーションギャップについての記事を書かせて頂いて、その中で若いこと話した時に尾崎豊を知っているかを尋ねたところ「バイクを盗んだり校舎のガラスを割る人」という答えが返ってきたことを書いたのですが、この返答に少々驚いた僕ですが、曲を聴いたことがない環境にいた人でも尾崎豊についてこういったイメージがあるんだなと思いました。どんな形であれ伝説として彼は生き続けているのだなと感じました。

そしてネットニュースを見ていると11月29日の尾崎豊の誕生日を記念して様々なイベントが催されているようで、今なお多くの人々に影響を与え続けている存在感に驚きを感じると同時に「そりゃそうだよな」と納得する気持ちが混在しています。

ライブハウスでは尾崎豊ナイトなどが開催され、11月25日から11月28日までJR山手線の駅では尾崎豊の「15の夜」「卒業」の歌詞を使用したメッセージポスターが貼られていました。そしてこのポスターは1月3日から1月16日まで2週間、映画館で限定公開される「尾崎豊を探して」に関連しているものとなっています。12月27日から新宿TOHOシネマズで先行上映されることも発表されています。

尾崎豊がこの世を去ってから無数の作品がこれまで世の中に生み出されてきました。僕自身が尾崎豊にハマったのはすでに他界された後だったので、発表されていたCDはすぐにコンプリートしてしまいました。伝説の映画俳優として今もなお語り継がれているリバーフェニックスやジェームスディーンなどにも言えることですが、他界してしまった人間たちの作品は新たに生まれることがないので、生前の作品をすべて鑑賞した後には何とも言えない寂しさに襲われます。尾崎豊さんに関しては自宅で録音していた音源なども発表されたりして新たに知る曲もありましたが。18歳デビューライブからライブ映像も見られる限り見てきました。今回の『尾崎豊を探して』には見たことがない映像も収録されているようなのでそこの部分も非常に楽しみです。

尾崎豊が他界されてから様々な尾崎豊関連の作品が発表されていることに関して、ビジネス的な要素、関係者のお金儲けに使われているという意見も度々耳にしてきました。ビジネス的な要素も確かに存在しているとは思います。赤字になってしまうような企画なら正直やらないと思いますし。しかし待ち望んでいる多くの人間がいることも事実です。実際僕自身はこういった尾崎豊の目にしていない部分を知れる作品が新たに発表されることは非常に嬉しいですし、感謝の気持ちも持っています。僕としては関係者の人たちもどこか使命感のようなものを感じているのではないかと思っています。尾崎豊を愛していた多くの人たちのために、尾崎豊が心の支えだった多くの人たちのため、また尾崎豊を知らない世代にもより彼のことを知ってほしいという思いもあるのではないでしょうか。語り継がれる価値のあるアーティストとして世の中に知ってもらう機会を作ることに使命を感じている人も多いのではないかと思います。

尾崎豊は楽曲は10代の頃に発表された楽曲たちが非常に有名ですが、個人的にはその後の楽曲たちも非常に名曲だと思っているので、「太陽の破片」や「永遠の胸」「LOVE WAY」「誕生」などももっと取り上げてほしいなと思ってしまいます。他にも名曲ぞろいですし、やはり他のアーティストとは一線を画している歌詞は特に知らない人に知ってほしいなと思います。

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何かを求め続けたままこの世を去った尾崎豊

尾崎豊と言えば体制に逆らい自由を求め続けたアーティストというイメージを持っている人が多いのではないかと思います。もちろんこれは間違っていなくて確かに10代の尾崎豊は自由を求めて叫び続けていました。しかし決して漠然としたものに対して叫んでいたのではなく、自身が感じる矛盾に対して叫んでいたのだと僕は思っています。「当たり前」とされていることに対して「当たり前だから」と受け入れられない気持ちをごまかすことをしなかった人だと思うのです。自分の心をもっと大切にしなくてはいけないと歌っていただけなのに、それが「不良」「反抗」というイメージに繋がっていたように思います。誰もが心で感じていた矛盾だからこそ、多くの人は彼に熱狂し何より強く共感したのだと思います。当時は校内暴力なども問題とされていた時代のようですが、時代が変わって今はそういった問題などは起きていないと思うけれど、若者の心の中には同じような矛盾は渦巻いているのではないかと思います。尾崎豊は「愛」についても考え歌っていましたし。

そして若者だけではありません。年齢を経た尾崎豊は「生きる」とは何なのかということを突き止めようとしていたように感じます。答えを求め続けていて、自分なりの結論も出されていたようにも思います。しかし自身の楽曲の中でも「探している答えなんかないかもしれない」とも歌っていて、本当に最後まで尾崎豊は「求め続けていた」のだと思います。そんな尾崎豊の曲を聴くと「いい加減に生きてはいけない」と背筋が伸びる思いです。

これからも尾崎豊は伝説として語り継がれていくことでしょう。

                               M&O