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みんなにでくのぼーと呼ばれ褒められもせず苦にもされず 現代に通じる偉大さ

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みんなにでくのぼーと呼ばれ褒められもせず苦にもされず 現代に通じる偉大さ

おはようございます、M&Oです。

今回は宮沢賢治の詩『雨ニモマケズ』について書いていきたいと思います。

あまりに有名な宮沢賢治の詩『雨ニモマケズ』ですが、最近妙にこの詩が身に染みるのです。身に染みて仕方ないのです。

詩の意味の捉え方は人それぞれ違うと思います。きっと専門家が解説していたりネットでも『こういう意味なんだ』という記事は無数に出てくるのではないかと思います。

僕は今回この詩について書こうというのにそういった解説的なモノはこれまで読んだことがありません。『雨ニモマケズ』は文字通り受け止めればいいと思いますし、自分が感じたままに解釈しておくことが一番胸に残ったままになるのではないかと思います。解説などを読んで目から鱗といったことが起きる可能性ももちろんあるとは思いますが。ただ本当の意味なんて書いた宮沢賢治にしかわからないはずです。

一応『雨ニモマケズ』の全文をこちらに載せさせて頂こうと思います。

雨ニモマケズ

風ニモマケズ

雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ 丈夫ナカラダヲモチ

慾ハナク決シテ瞋ラズ イツモシヅカニワラッテヰル

一日ニ玄米四合ト 味噌ト少シノ野菜ヲタベ

アラユルコトヲ ジブンヲカンジョウニ入レズニ ヨクミキキシワカリ ソシテワスレズ

野原ノ松ノ林ノ 小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ

東ニ病気ノコドモアレバ 行ッテ看病シテヤリ

西ニツカレタ母アレバ行ッテソノ稲ノ朿ヲ負ヒ

南ニ死ニサウナ人アレバ 行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ

北ニケンクヮヤソショウガアレバツマラナイカラヤメロトイヒ

ヒドリノトキハナミダヲナガシ サムサノナツハオロオロアルキ

ミンナニデクノボートヨバレ ホメラレモセズ クニモサレズ

サウイフモノニ

ワタシハナリタイ

この『雨ニモマケズ』を読んだ多くの人が、『自分もこんな人間になりたい』と思うのではないでしょうか。

玄米4号は多すぎるのではないかとかヒデリなのかヒドリなのかといったことで論争もあるそうなのですが、僕としてはそんなことはどうでもよく、この『雨ニモマケズ』を読むとただただ『こんな人間になりたいなぁ』と思うだけなのです。

エゴや欲望を捨て去っているこんな人間として生きられたらどんな気持ちになるのだろうかと考えてしまいます。ただこの『雨ニモマケズ』に書かれていることは非常に究極な事だとも思います。自分がこのような行動をして見返りを一切求めず、ストレスを感じることなく、ただただ自然に行えるというのは、非常に困難なことだと思います。だからこそ目指したくなるのですが。これだけやって報われなかったらとかそんなことではないんですよね。報われるとか報われないとかそんな考えは毛頭にないわけで、本当にただただ自然に行っているのです。だから『いつも静かに笑っている』ことができるのだと思います。こんな人間になれたらいいなと思いつつ、なれないまでも少しでも近づきたいと思ってしまいます。そんな姿は当然全然遠いのですが・・・。

そしてこの『雨ニモマケズ』に書かれている事って現代で生きていく上でも非常に大切な要素が入っているのだと思うのです。

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自己重要感と満たそうとしないことと周囲に期待しないという現代に大切な要素が書かれている

今回タイトルにも書かせて頂いた『みんなにでくのぼーと呼ばれ褒められもせず苦にもされず』の一節ですが、これは現代でも非常に重要になってくる要素だと思うのです。

完全に個人的見解ですが、『褒められもせず』という部分はまさに目指すべき姿であり当たり前と思いたい部分でして、褒められもしないことが当たり前という意識を持っていたいのです。褒められたがる人は周囲の人にとっても面倒くさいですし、なにより褒められるために頑張るのでモチベーションにもムラがかなりあるイメージです。『褒められもせず』という意識が当たり前ならば、全然報われないとか認められないと不満を持つこともなくなると思います。自分がしたいからしているだけで決して褒められるためにやっているわけではない状態になれます。周囲に期待することもなくなるはずです。勝手に周囲に期待するから裏切られたとか冷たいと感じてストレスになったりしてしまうわけで、最初から期待しなければ何も不快に思う事はないはずなのです。

そして『苦にもされず』ですが、苦にもされないということは周囲の人間の邪魔にならない、気に掛けられるような存在ではないという意味で僕は捉えているのですが、そうなるためには自分のエゴがない状態じゃないと無理だと思うのです。褒められもせず苦にもされずということは、『とにかく当たり前に生きること』が必要になると思います。しかしこの『当たり前に生きること』って本当に難しいんですよね。周りに期待もしなければ自分も期待されない存在、ただ当たり前に他人のことを思いやって生きる、そんな姿には強く憧れますが、本当に欲望まみれで困っしまいます。

欲があるから人間だともよく言いますが、欲がなくなった時に人はどんな境地に辿り着けるのか。

それより何より、こんな『雨ニモマケズ』の詩のように生きられたらと心から思うのです。まずはそう思うところから始めてみたいと思います。

                               M&O