THE ENTERTAINMENT DIARIES

はじめましてM&Oです。フリーランス。独自の視点でエンターテインメントの表と裏を綴ります。

俳優だけで食えない時代の変わったアルバイト リヤカーでお豆腐を売り歩いて感じた東京の孤独問題

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俳優で食えない時はもちろんやってたアルバイト

こんばんは、M&Oです。

今回は俳優時代にやっていたちょっと変わったアルバイトについて書いていきたいと思います。

食べれない時代はもちろん生活するためにアルバイトをしなければならないわけで、それなりに僕もいろんなアルバイトを経験しました。映画館でアルバイトしていたことは以前に記事を書かせて頂いたのですが、

www.myprivatecomedy.net

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映画館以外にもあんまり長期ではありませんが様々なアルバイトをやってきました。中には一風変わったものもあったので、今回はそんなことを思い出しつつ書いていきたいと思います。

 

まず一番変わっていたというかレアだったアルバイトは、

リヤカーでお豆腐を売るアルバイト

です。

一応断っておきますが、平成の時代にやっているアルバイトですからね!M&Oは言うてもまだ30代ですから(笑)

それなりにシフトに融通がきくということで始めたアルバイトで、しかも時給がなかなか良かったんです。1200円か1300円ぐらいだった気がします。

お豆腐だけでなく湯葉だったり豆乳だったり、お豆腐関連のものをリヤカーに積んで売り歩くというアルバイトでした。ちなみに東京都内です。

若い子はわからないかもしれませんが、豆腐屋特有の「パープー!」みたいな音が出るラッパを吹きながら歩き回るのです。これがなかなか重労働で、歩く距離は普通に一日10キロから15キロぐらいは余裕でリヤカーを引きながら歩いていたと思います。ただやはり当時は若かったし身体ももちろん鍛えていたこともあってか、身体的な辛さを感じることはそんなになかったです。そして一人で黙々と歩きまわってラッパを吹いている感じなので、煩わしい人間関係などもなかったので意外と嫌いじゃないアルバイトでした。

その日に練り歩くエリアが決められていて、携帯電話を持たされてしっかりGPSで監視されているというなかなかきっちりした体制でしたが、例え歩く距離が少なかったとしても、肝心のお豆腐類を売れば問題にならないアルバイトでして、ただ決められたエリアがリアカーが置いてある基地みたいなところから遠いことが多かったので、その移動距離がなかなか大変でした。

「そんな怪しい感じで買う人いるんかい!」と思われると思うのですが、当時は意外と売れていました。しかもこの豆腐屋のリヤカー売りの会社はかなりの広範囲に展開していたのですが、僕は個人売上トップ10に入るぐらい売り上げていました。目的の自分の担当エリアまでリヤカー引いている間に声を掛けられて売る時もありましたし、住宅街でラッパを吹いていると結構お家から出てきてくれて「お豆腐くださいな」なんて声を掛けてもらえるのです。後は常連さんが出来ると決まった曜日の午前中とかにお豆腐を届けに行く的なこともありました。僕は常連さんが結構できていて、自分がおばあちゃん子だったこともあってか可愛がってもらう事が多く、お昼ごはんとかもお客さんとご一緒に食べるなんてこともありました。お茶とかお菓子とか頂いたりで、お家に上がらせてもらうことも結構ありました。今思うと信頼されてたなぁと思います。普通に考えたら危ないですからね。僕が悪い奴だったらアウトですから。

お豆腐自体も本店が築地にあって結構良質なお豆腐だったみたいでリピーターになってくれるお客さんも多かったです。値段はそこそこ高かったと思いますが。

 

売れても売れなくても時給は変わらないのですが、全然売れないとそれなりに上の人間から言われることもあったみたいで、夜になっても全然売れない子なんかはサービス残業で売り歩いていたみたいなので、ちょっとシビアな部分もあったのかなと思います。後は雨の日でも変わらず行かなきゃいけないので、それはなかなかに大変でした。カッパ着て雨の中長距離リヤカーを引くのは結構大変だった思い出があります。

ただこういう仕事もやはり効率を求めることが大切だなぁと思うのですが、僕は大きい団地地帯に行くと、団地の中庭みたいなところでお店を開く感じでお豆腐を売っていました。今思うと団地の管理会社とかによく怒られなかったなぁとも思うのですが、不思議と大丈夫でしたし、なかなかの大盛況でした。これだと歩く距離もないから足も疲れないし座ってられるし、我ながらいい作戦でした。でもこの場所まで行くのに相当歩いているんですけどね(笑)GPSでチェックしている上の人は「こいつ全然動かないでサボっていやがる」と思ったでしょうが、肝心のお豆腐は売っていたので、何か言われたことはなかったです。

このお豆腐を売る仕事を辞めたのは、役者の仕事がちょこちょこ入り始めてくれたことと、形態が変わったのがきっかけでした。時給制ではあるのですが、売り上げに応じて時給が変わるとかそんな感じだったと思います。僕はそれなりに常に売っていたので、本社の人から続けるものだと思われていたみたいでしたが、そういう形になると聞いて「あ、じゃあ辞めます~」とすぐに言った記憶があります。だって俳優の仕事で歩合制なのにアルバイトまで歩合制みたいになったら嫌ですもん(笑)少なくとも当時は嫌でした。お世話になっていたお客さんのおばあちゃんたちに挨拶をして、僕はこの豆腐屋から足を洗ったのでした。

ちなみに今はこのお豆腐屋さんはもうないようです。今はというか随分昔になくなっていたみたいです。残念と言えば残念ですが、そこまで思い入れがないのも事実です(笑)

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都会には寂しがっているご老人が多いことを知った豆腐屋のアルバイト

このお豆腐をリヤカーで売る仕事をして、孤独なご老人が結構多いということを知りました。当たり前ですが、人間は一人では寂しさを感じるものです。話し相手が出来る喜びからか、話し出すと止まらないご老人の方々が結構いらっしました。僕は先ほども書きましたがおばあちゃんの家に入り浸って育った人間なので、自分自身もご老人と話すことは好きだし落ち着くので、いろんなお話をしたことを覚えています。僕が帰ったらまた一人になっちゃうんだなぁと思うと少し胸が痛くなったりもしました。

今なんて当時よりさらにそんな状況の方々が増えているんじゃないかと思います。ご夫婦で2人暮らしとかならいいですが、先立たれたり独身だった人たちは孤独を感じてしまう時間も多いと思います。ご近所づきあいも希薄になってきているこの時代、深刻な問題だなぁと思います。

豆腐屋さんのアルバイトも、少しでもそういった人たちの役に立てている仕事だったなら、今なくなってしまっていることが残念です。

 

他のアルバイト経験のことも書くつもりだったのに思いのほか豆腐屋で長くなってしまいました。また次回、過去にやったアルバイトについて書きたいと思います。

                                M&O