THE ENTERTAINMENT DIARIES

はじめましてM&Oです。フリーランス。元俳優が俳優の目線で綴るエンターテインメントの表と裏

ディカプリオが美しすぎる映画『太陽と月に背いて』映画レビュー

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マイナーだが若かりしレオが美しい映画『太陽と月に背いて

ディカプリオの作品の中でも個人的にかなり上位の作品です。ただこの映画は公開当時全く当たっていなくて、タイタニック』でのレオ様フィーバーの後にビデオ(当時はDVDじゃなくてレンタルビデオ)で観返した人がほとんどだと思います。僕もかなりのレオマニアを自負しておりますが、この太陽と月に背いてはリアルタイムでは観れていません!知った時には後の祭りでした( ノД`)シクシク…

 

ちなみにアメリカでも当たっていないそうです。大衆向けじゃないしレオが演じているランボーという実在した詩人もアメリカで有名なわけではないので仕方ないと言えば仕方ないんです。作品全体としても監督はちょっと叩かれ気味だったようです。僕は好きなんですけどねぇ(´ω`*)

ランボーって言ってもスタローンのランボーじゃないですからね!ランボー怒りのアフガン』ね!なんて思わないように!!むしろ詩人のランボーは対極にいる存在です。タンクトップでムキムキでもありません!!

 

わかりやすく言うと非常に単館系の香りがする映画です。わかりづらいですかね?インディーズっぽいと思って頂ければだいたい同じです。でも例えなんで決してクオリティが低いとか思わないでくださいね!レオは昔から出演作を吟味して出演する俳優なので、そのレオが選んだ作品ですので間違いはないです(*‘∀‘)ただテイストはとっても大作っぽくはありません。

僕のコレクションのDVDとランボー詩集がこちら

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DVDが古いからCDケースの大きさ(笑)昔はこれが普通だったんですよ!!

 

主演と助演のキャストも豪華で見ごたえ充分の映画

主演のランボー役はすでに書きましたが、レオナルドディカプリオ。美しく妖艶に、イノセントさとどこか破滅に向かっている危うさを絶妙に混在させて演じ切ります。

現代で言えばパンクという言葉がこのランボーには当てはまるのではないでしょうか。既存する良しとされているものを頭から否定し、当時地位を確立していた芸術的なものをすべて軽蔑し、歯に衣着せぬ物言いでことごとく砕いていきます。

ランボーの書く詩は新しすぎるものですぐに受け入れられるものではなく、また認めてしまうと自分たちが時代遅れになるという芸術家たちの脅威もあったと思います。ランボー自身も自分のレベルの違いをわかっていて、相手にしていないという状態でした。

例えるならデビュー当時に笑いが新しくて周りがついてこれず、なかなか売れずにくすぶっていたダウンタウンのようですね(*‘∀‘)結果的に時代が追い付いて高い評価を得るわけです。

ただランボーの場合は昔の芸術家にありがちな生きている間に万人に評価はしてもらえませんでしたが。

 

そんなランボーの才能にいち早く驚愕したのがデヴィッドシューリス演じる詩人のヴェルレーヌヴェルレーヌは裕福ではありませんでしたが、この時すでに成功をおさめている詩人でした。今でもこのヴェルレーヌの詩集は普通に本屋さんに売ってるぐらいヴェルレーヌもすごい詩人です。

しかしこのヴェルレーヌ、詩の方も繊細な詩を書いていたみたいですが、非常に優柔不断で女々しく、あれもこれも欲しがる男なのです。デヴィッドシューリスがまたこの女々しくも逆上する男を見事に演じています。観ていて腹立たしくもあり、でもこの性格だから才能あふれるランボーに惹かれ依存してしまうんだよなぁと観ていて納得させてくれます。上手いです本当に(*‘∀‘)

芸術家ならではの繊細さと破天荒さを持ち合わせ、破滅に向かう

ヴェルレーヌランボーの才能に嫉妬し惹かれ、ランボーは自分を認めてくれているヴェルレーヌに惹かれ、肉体関係にまで発展します。作品全体を観ていなければ一歩間違えれば禿げたおっさんと美しい少年の交際みたいに見えてしまいますが、決してそんな浅いものではありません。2人とも女性を普通に愛する人間ですし。ヴェルレーヌには美しい奥さんと子供もいます。この奥さんとランボーとの間でヴェルレーヌは揺れ動きます。どっちも欲しがるんですこの男は。

そんなヴェルレーヌランボーは愛想をつかし始め、二人の利害関係も崩れていきます。やがてランボーは自分の才能が受け入れられない現実の中、『言葉で世界征服はできない』という結論に達し詩作を一切やめてしまいます。人生の後半はアフリカに渡り、病気にもかかり足も切断しています。

 

謎に包まれた後半期も含め、神格化されていると言っても過言ではないランボー。奇しくもランボーの詩はヴェルレーヌ健在のうちに人々の心を掴み、ヴェルレーヌがこれを出版していたことから、ヴェルレーヌランボーの妹との間で揉め事も起きてしまいます。映画の物語はこの2人のやりとりからスタートします。

 

詩人ランボーが探し続けていたもの

ランボーの詩の一節に

『また見つかったよ!何がさ?永遠。太陽にとろける海さ。』

というものがあります。ランボーが生涯をかけて探し続けていたもの、映画はこの一遍の詩にフューチャーしてランボーを描いています。映画を観るとこの一節が妙に心にズシンと響きます。彼はきっと見つけることが出来たのだろうと思えるのです。

 

最後に・・・

レオナルドディカプリオという俳優は若い頃から演技派として評価されていたわけですが、この映画でも素晴らしく魅力的です。そして本当に美しいです。外見ももちろんですが、キャラクターを含め内面から出る美しさも見事に体現してくれています。

イノセントというのは若い頃のディカプリオの専売特許だったと心から思います。この役は亡くならなければリバーフェニックスが演じる予定だったとも言われています。リバーフェニックスも恐ろしく美しくイノセントな俳優でした。リバーフェニックスではなく誰にしようとなったら、ディカプリオにオファーが来たのはとても自然な流れだったのではないでしょうか。

また、アメリカではすでに女性人気の高かったディカプリオが過激なシーンもあるこの作品を選んだところに、彼の芸術性の高さと役者としての志の高さを感じずにはいられません。

若かりしレオの姿を是非観てほしいです(*^-^*)